2018年1月31日水曜日

現実は最大の教師/青のめぐみ・ブルーソーマ


ウルグアイ産アメジストの美麗クラスター(up待ち)

今日は「スーパー・ブルー・ブラッドムーン」。夜の22時代、皆既月食も見られるそうで、何か大きなエネルギーの潮流もありそうですね。この後降り始める?雪とともに、また根底からの純化、魂(ソウル)レベルのピュリフィケーションを、各人が促されるような気がします。もちろんそれをキャッチしてこの機会に乗る人と、そうでない人に分かれるのだろうけれども。

今日はラインのメルマガ「ブルーム通信」を配信しました。Manoa さんの石コラムはマグネタイト。私の方はこの時期、思い出される20代の仏教徒時代の「寒行」について触れてみました。金星に礼拝し、過去生の罪を懺悔するために水を被る。何となくですが、今年降る雪には同じような、エネルギーのテーマを感じています。サロンのお客様がたのテーマも、自然と「報われない愛」「奉仕によって傷付いた魂の記憶」「創造しても破壊される」など、キーワードに共通するものが出て来ていて(これらは皆、お客さん自身が感じて口にされている言葉なのですが)、前回の記事に書いたような集合意識レベルの「愛・奉仕・・・への破壊」それが「癒される」という時期なのかもしれないと感じています。


さて、そんな中、苦労・努力の末に報われた愛の奉仕・・・のお話です。

生粋のイギリス映画で、舞台は18世紀のイギリス。監督がイギリスの俳優で固めるとこだわった結果、イギリスを代表するような名だたる俳優たちが共演しています。

政治を舞台にした実話。賛美歌の「Amazing Grace」に因んでいますが、ストーリーの本流はイギリスにおける奴隷制度廃止のために、議会で闘い続けた一人の国会議員と、少数ながら彼を助け長い時をかけてともに闘い、本懐を遂げた仲間たちの面々を描いています。ハリウッドで今をときめくカンバーバッチが、主人公(ヨアン・グリフィス演じる)を支え時に刺激する親友であり24歳で首相になったピットを演じている。

同じ奴隷解放のテーマとしては、ハリウッド発、スピルバーグの『リンカーン』がありますが、やはりアメリカとイギリスの個性は当然ですが色濃く、イギリスは、帝国主義や植民地支配、産業革命など、世界の害になるようなことをわりと率先して行なっている国でもありつつ、市民革命は混乱を極めたフランスとは違い、無血開城・・議会レベルで実現していますし、奴隷解放も議会での長い闘いの末になされ、アメリカが南北戦争という犠牲を経なくてはいけなかったのに対して、法や議会の場で革命・改革が遂行されていくというのが特徴と言えそうです。

そういう意味では、やはり行儀の良い国・紳士の国というか、日本にも通じる理性や道徳心を重んじるゆえなのかな・・と、『リンカーン』との比較からも、感じました。狭い国土に国民がたくさんいる島国というのは、己を解放するよりも、やはり秩序を大事にするという気風が自然と、定着していくのかもしれません。主人公ウイルバーの純真で真面目、どこか幼いおっとりとした誠実なキャラクターや、彼の周りの人々の思いやり、とことん闘った末に議会で負けた折に紳士的に相手を賞賛する敵対勢力の議員たちなど、イギリスらしさを見せてくれる映画でした。

そんな人々の、正義のために戦い続ける姿の美しさと、最初は孤独な戦いであって、「若さと健康を犠牲にした」主人公の十数年に及ぶ奮闘、挫折から・・少しずつ理解者が増えていき、彼を支える人々も増えていき、やがて逆転する時が来るという清々しい時間の流れが映画の後味としては強いのですが、もう一つの輪としてはやはり、奴隷制というものがわずか200年前に、実際に世界各地で存在していたということへの、改めての驚き、疑問や憤り。人間って、そんなことをするのだ・・と改めて。イギリスだけでも1100万人のアフリカの人々を「奴隷にして」船でアフリカから新大陸へ運び、現地での労働に就かせていたという。船旅で、半数が死んでしまうのだとか。現地の過酷な状況でも多くの人々が亡くなったという。

わずか200年前に、そんなことが起きていた。イギリスだけでなく、フランスもアメリカも・・・主人公ウイルバーフォースは、キリスト教者として熱心で、途中で政治家を辞めて隠遁したいと願っていた時期があり。蜘蛛の巣や、天にいる神に語りかけたりすることに喜びを感じている自分はもう、政治家は無理だと感じている頃に、奴隷解放運動の活動家の人々に懇願され、政治の場で、信仰心を形にすることで世の中を変えるのがあなたの使命だと・・人々の願いを引き受ける形で政治の場に残り、体を壊しながらも長い時をかけて、法案可決を実現する。信仰心という強い土台があればこそ、成し遂げられたと言えるかもしれません。

賛美歌「アメイジング・グレイス」は、彼が子供のころから世話になった神父が作詞作曲したものだそうで(実話)、神父は奴隷船の船長として働き、2万人の奴隷を新大陸に運んだ。ある時に自分の「罪」に気づき船長を辞め、聖職者になり、贖罪の心を持ちながら神に仕え、「このような罪深い私でも神はお許しになった、なんという恵みだろう」という、その歌詞に思いを込めているのだとか。

良い映画です。俳優陣もそれぞれが、イギリス映画では主役を張るような人たちばかりが出ている点でも、クオリティの高い作品。

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2週間ほど前のある日、サロンのお客様からのメールをきっかけに、この曲と、アフリカ大陸について考えていました。今、アルクトゥルスが宇宙光線としては来ていて、個人的にはアフリカ人種、ネグロイドの人々には、アルクトゥルスのDNAが入っていると以前から思っていたのと、昨秋のミュンヘンショー由来の石達の仕入れで出会った、タンザニアの新しい鉱山のクリスタルがとても特別な光を放っていて、それを、ここ最近書いていた「アルクトゥルスの青いエナジーをチャージしたクリスタル」に使用しようと、決めたタイミングでもあったので、偶然ではないものを感じて、以前から見たいと思っていたこの映画を見たのでした。

映画と、アルクトゥルスはもちろん関係ないのですが(笑)、タンザニアクリスタルを昨秋、手にした時期には、「ジェネシス」の光線が3つ追加になった時期、つまり「後期エルフ」の情報を整理しているところで、タンザニアと、後期エルフ・・が何らかの関わりがあるように感じていたこともあって、土地としてタンザニア、そしてアフリカ大陸がこれから、アースワークレベルで解放が進んでいくように思っていたところでもありました。後期エルフの戦士たちが関わっているのか、アトランティスにおけるその壮絶な闘い自体が関わっているのか、分かりませんが・・・

タンザニアのクリスタル、今この時期に「新しく見つかった」として、これまでのタンザニアマスターとは全く違うサイズや特徴で現れてきたことに、とても運命というかご縁を感じていたのです。そしてなかなか、リュミエールにアップしないままここまで来てしまいましたが、ようやく先週、アルクトゥルスのエナジャイズクリスタルを「Blue Soma/ブルーソーマクリスタル」と名付けようと決めて、自分が不調だった故にすがるように再接続したエネルギーを、タンザニアとアルプスを1つずつ選び、チャージをしたところです。


タンザニアは上記のような出会いと流れがあり、自然と決まりましたが、アルプスの方は、やはり以前からアルクトゥルスとの関連を感じて来ているので、まずはこの二つの産地に的を絞り、それも、ブルーソーマに似合いそうなものをチョイスし、出していこうかと思います。

透明感のある青いエネルギー「ブルーソーマ」は、ソウルシステムを生成するGATエナジーとは違い、アンタカラナと肉体システム(オーラやライトボディ含め、ここに物質化して生きている我々のシステム)の間の調整を行う栄養剤と言えます。流れをスムーズにし、変容途中の不安定なシステム、それにより起こる情報の混乱を防ぎ、高位システムと低位システムの間の不具合を修正しようと働きます。

タンザニアクリスタル、アルプスクリスタル・・どちらも青い光を元々、持っている。それぞれが違う時代の、アルクトゥルスの影響を引いているよう。

(ただいま、月蝕真っ最中です)

ガーデンクオーツ(up待ちです)

こちらはチベット。現ダライ・ラマの半生を描いた「クンドゥン」。信仰に生きる人を描く作品の多い巨匠スコセッシ監督作品です。信仰を生きる人々。そこで見えてくる「個として生きるのか」「大きな聖なるもののために生きるのか」という狭間で、苦しみながらも・・・やはり個としての葛藤を乗り越え、使命に身を委ねていく姿を、描いているのだろうと思う。
『現実は最大の教師』
この映画の中で、似たようなことがダライ・ラマのセリフとして語られていたのですが、日常レベルでも本当に、それに尽きるなあと思います。「現実は自分で作る」とは言うけれど、だからポジティブシンキングで望む現実を作っていこう・・・というよりも、さらに深めて、現実から何が見えてくるかに注意を向けていると、「世界が語り出す」

世界が何を見せてくるか、自分に何を体験させ、学ばせようとしているのか。見えてくる現実の様々なピースは全て、教本の一ページ一ページなのだと思います。他者は居るようで、本当は居ない。ダライ・ラマのおさめるチベットは、1000年の非暴力主義、平和を維持してきた国。そこに、中国の「解放軍」が人々を「解放するために」侵攻してくる。その現実をダライ・ラマが見たくて生み出すはずはなく、ダライ・ラマ自身の中に争いがあるから顕現したわけでもなく。

世界とはどのようなものかを知る・体験するために、魂が用意していた脚本から、現実は生まれている。今生の自分にとって「世界はこうである」と知る必要のある世界が、展開されていく。大事なのは、「体験し、知っていくこと」なのではないかと・・この映画を見た時も、最近も、思いました。一人一人が世界を生み出している。

その中で、何かを貫くことで、ようやく一つの学びのテーマが消化されるのだと思う。ふらふらと迷っていると、散漫に現象世界の中でずっと同じエネルギーの使い方と、時間を、浪費していくことで時が過ぎていく。感情で味わうことは、本能(第2チャクラ)に様々な体験をさせること。それは体験し味わっていくことにはなるけれど、「知っていく」ことへとアップグレードするには、起きている現実の一つ一つから、学びの要素を汲み取り、実際に学んでいく必要がある。

そうなった時に初めて、螺旋の坂道を一つ、登れるのだと思う。自分を見つめることと、世界(現実)を見つめることの境目がそのうちに溶け合い、主体と客体さえ元は一つなのだという感覚の中で、世界(現実)を抱擁する。見たかったものを生み出し、見つめて、味わったのだという一連に、一つのグラマー(幻想世界)から抜ける感触を得る。そして次の幻想世界へ。その繰り返しをしながら、螺旋を登っていく。

宇宙の仕組み、エネルギーの法則を、結局は「現実」という仮想世界を通じて今は物質界ヴァージョンで学んでいる私たち。日々の現実は、最大の教師。

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「アルガンザの天使学3時間セミナー」「メタトロン・ラムネゴールド瞑想会」2本だて。詳細はこちらでご覧ください。
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今日はこのくらいで。。
Love & Grace
Amari

2018年1月23日火曜日

有限の中の無限/アトランティス人類とレムリア自然界

アイオライト・スフィア Lumiere でup準備中

雪、見事に降りましたね。清々しく清められていく世界に、今日は一日中何度も、夜明け前から、昼間も夕方も、外を眺めていました。




昨日降り出した時は綿状に固まったふわふわの雪が、真っ白い「無」という感じの空から湧き出すように現れては無数に降りてくるという、子供の頃に新潟ではよく見ていた光景・・その真っ白の無からさらに白い子供たちが無数に生まれて降り注いで来る様子に、よく通学路で足を止めて、真上を見上げていたっけ・・と、懐かしさで思わずベランダでそれをやっていて、気付いたら濡れていました(笑)

今朝はまだ早い朝焼けの頃から、カメラを持って出てみたら、空気の冷たいこと!冷蔵庫の中のようでした。あの冷え具合は新潟でも・・体験したことのないくらいの。新潟はそうですね、特に私の実家のあった海岸沿いは、気温自体はそれほど、下がらなかったのかもしれません。今日はびっくりしました。
実は8年振りに、まともな風邪を引きました・・それにも自分でびっくり!でも、いろいろと辿っていくうちに、メカニズムもわかり。今日はその話をしようかと思います。また長くなりそうです。

カレッジ5期卒業式の記事を先日、書きましたが、何となくあの日、身体がすでにどこかおかしかったんですよね。ただ毎年そうですが、卒業式は事前に準備するものが多くて、当日は多少フィジカルな疲労感があったり、普段のクラスと違って全員で集まるので、お話の場や瞑想ワークの時間に全体のエネルギーをハーモナイズするのにややエネルギーを消費したりもする。それも例年のことで・・

ただ、もともと私が年始から、前記事でも触れていたような今年と今後7年の人類全体のテーマのようなもののエネルギーに、自らジェネシス魂(?)でわざわざ触れに行ってしまっていたので、それを抱えての卒業式。その場で少し話してもいたのですが・・結局、エネルギーレベルで規模の大きいものを取り扱ってしまっていたので、当日卒業生の皆さんにもそれを匂わせる意味深な話をしていましたし、翌日になると、なんとなんとまさかの本格的不調が。

8年振りに・・というのは、風邪様の症状が1つだけ(咳だけ、鼻水だけ、頭痛だけなど)その時のテーマやエネルギーの移行期などに現れることならば、年に1度くらいはあるのですが、もうこれはどうにもこうにも全部来てますね、という、寝込む必要のあるレベルの風邪というのは、遡ると、娘が低学年の時に新型インフルを貰った8年前。その時でさえ、「うそ、私もう風邪ひかない宣言していたのに」と騒いでいたくらいで、確か3〜4年振りくらいだったのです・・

年明けにざわついていた集合エネルギーを辿っているうちに、自分から遠からずのアンドロソウル、中でも特にアルクアンドロ天使つまりアルガンザのジェネシスでいうアークエンジェルに変容していったソウル達やその周辺の自然界・精霊界の関連であると分かりました。これまでも幾重にも、アンドロセラフ系統の落ちてしまったソウルたちの記憶(落ちている=人間に転生している)の癒しが、グループごとに起きていく波に、関わることがありましたが・・

今回はどうもセラフ系統にとどまらず、精霊界など元素レベルの領域にもかかっている。なかなか、糸口を見つけられないなあと数日にわたってワークをしているうちに、『高次自然界(つまりレムリア)』の中枢であるネットワークのマトリックスとしての(アルガンザでいう)『ソフィア』の、2度目の崩壊時の記憶、破壊した人類側にサイバー攻撃を多方面から仕掛けられて包囲され、動きを止められ、遂には(エネルギー的に)その世界が「炎上」していく、事象そのものに自分がなってしまったような状態でした。

卒業式当日も「大変なことが起きています」と謎の発言を残していたのですが(笑)翌日からは風邪症状の実際と共に、今更ですが(本当に。もう個人レベルでは何度もやって来ているのだけど)「壊される、包囲される、調和のマトリックスなのに人類はそれぞれ利己的理由でもっともらしく正義だと思って複数のグループが一斉に攻撃してくる、こちらはただ愛であろうとしているだけなのに・それを維持しようとしているだけなのに・・という具合に、ソフィアそのものに自分が役作りして、半日くらいは泣きながら瞑想をしている状態。

数日を経て、ある日の暗転、絶望というか・・ただ真っ暗な、無の境地。その中で、お正月頃からシャンバラのマスター界から受け取っていたことや、ウラルレムリアンたちを通じて感じていた情報などがさらに繋がって行きました。

小さなものは、より大きなものへ還って行くのが宇宙の摂理。
自我を持ち続けることが人類の存在意義なのではなく、自我を持たされた人類が自然回帰できるかが試されているのが地球プロジェクトなのだと思っている。

昨日インスタグラムに書いたものの一部です。
この時、つまりアトランティスで人類が自我を発展させていき、人類の親であるマスター界がその自由意志を尊重することに徹した結果、同・マスター界が手塩にかけて作り上げてきた、そして天使界・精霊界が永遠のような時をかけて育て維持し続けてきた調和の世界とそのエネルギー秩序が崩壊する・・自分にとっては、やや衝撃だったのですが、お正月に受け取っていた内容というのは、

その時の構図「人類・自然界」「アトランティス・レムリア」がそのまま、今現在のメタフィジカルな世界の構図になっているという。「今」というよりも大きなスパンだと思いますが・・多くの声が「人が幸せに生きるためのスピリチュアル」を唱え続けているのは、アトランティスでソフィアの調和的世界を崩壊させた人々が唱えた「人間は自分の自我で道を選択して生きるべき」の「正義の」プロパガンダの、やり直しであるということ。

一方で当時のソフィア側は、個々の自我を喜ばせる目的ではない、全体性・真のワンネスに通じるためには世界意識や平和への意図を持って特に自然と調和する生き方や自己をより純化していくというメッセージを発する。各自、無自覚ながらもその時の自身のこだわりを携え、今のニューエイジ思想の中で再び、同じように拮抗しているのだという。

それぞれのこだわり、スタンスがその頃のカルマから来ているのだということを、各自が十分に理解し、噛み締めて、今生なりのあり方を実現させていくということなのでしょう。まだまだ利己のためのスピリチュアルへ鼓舞する力が強いように感じて来ましたが、このようなソウル達のカルマをそのまま、焼き直したのが現状であると整理された時は、思わず口がしばらくポカンとあいてしまう気分でした。(これはお正月のこと)

そこから、私は自分にアトランティスの経験がまるでないようだとヒーリング人生13年の間、ずっと言って来たように、もちろん自然界・レムリア・ソフィアに全面的に同調してしまうわけで、「ソフィア」という母体そのものに役作りして泣いている始末。卒業式あたりは実は内面はこの状態でした(笑)。

が、体調が崩れてくると、ただ浸っていればいいという訳には行かず。向き合う必要が出てきました。そこで巡って来たのが(相変わらずの高次の采配)「レムリアン・セイクレッド・レイキ」のセッション。私と、ソウルが近いそのセッション受け手の方と、互いにセイクレッド・レイキ以外のエネルギーで当たってしまいました。然し乍ら、そこからまた見えてきたことがあった。。。

最後の砦
『高次自然界』『レムリア』・・ここは、人として生きる魂は、誰にとっても、関わりが無いということも無いのだろうと思います。ジェネシスの概念では、幼少期や家族と共有する問題と、関係していることが多い。インナーチャイルド。個人レベルではもちろん、そうです。

私の場合、最初に自己ヒーリングを初めた10年以上前、すぐに(今思えば)ジェネシス層のものが出てきていました。そして数年かけて癒し解放し統合し・・・ヒーラーとして多くのクライアントさんとも、そういった性質のものに向き合い、癒しのお手伝いをし、またカレッジを通じても。そしてアースワーク・・というよりガイアワーク。ジェネシスとしての集大成となり。

自分のソウルとして区切りがついて、それでもたまに必要とあらば続くグループの癒しが起きるのを無意識レベルで手伝っていると感じることも多々ありました。・・が、この年末年始の場合、呼ばれてもいないのに自ら潜水していったような感じでした。そして自ら同調し、ソフィアとその世界たちの嘆きを被った。。辛さから、シャンバラに助けを求めて、結果、情報を受け取ることにもなったけれど。。意味はあった、けれど、もうこれは「必然であった」とは、無理くりだとしても言葉として出てこない。

そうしたらふと、わかった瞬間があったのです。

『精霊界』『堕ちた天使たち』『高次自然界』『レムリア』・・・すべての人とは言いませんが、特に自然界のこだわりをソウルが刻んでいる人にとって、ソウル(魂)レベルのインナーチャイルドの原郷として、楽園として、いつまでも『レムリア』があるのではないかと。自分に起きていたのは、統合されたソウルから、去年これから主導権をとることになると分かっていた筈のスピリットへの移行が、ソウルなりに進化を拒む無意識の抵抗を起こして、古い懐かしい集合意識で繋がる、未だ癒されていない他のグループたちの面倒を見るために、あえてそこに降りて同調しようとするという、逆行するベクトル。

「エゴの抵抗」とよく言いますが、いわば「ソウルの抵抗」・・(笑)

シャドウセルフが、パーソナリティに統合されたくなくて騒ぐように、ソウルなりに、スピリットに主導権を渡すとなると騒ぐものなのかもしれない。下にあるものは、上にも。ブッディ(オーラ5層)とメンタルをうまく合わせていくことは、それほど難しくなく、女性原理で女神意識や創造性などをパーソナリティ領域で連動させることは、ヒーラーを続けていると比較的うまく統合が進むのでしょう。けれど、

アートマに持ち上げる時、ソウルは父なるもの・上に立つものに巻かれることを恐れるように、居心地の良いブッディの記憶の中へ・・5次元意識の調和世界、ソフィアの問題に触れ続けていたかったのかもしれません。実際的には、自然界が強いソウル達は、癒しの半ばで絡め取られて再び堕ちていくことを選ぶことも少なくない。だから尚更に、自分が思っていた以上に、零れ落ちていったものたちを気にかけていた、そこがソウルの進化への抵抗と結びついていたのだろうと。

ただもうそれでは噛み合わない。システムが作り変わる時、それでは何をどうするべきだと、私は言われているのだろう。(ここでいう「私」とはパーソナリティとソウルが融けあったもののこと)

こだわりたくて仕方ない「高次自然界」・・サロンのテーマをここから逸らしていくとは考えられない。ソウルのアイデンティティ。けれど、ちょうどリニューアルし、様々を作り変えている時。検討していた「レムリアンセイクレッドレイキ」の改定を通じて、レムリアや自然界の調和意識とエネルギー秩序の真髄を全てここに凝縮し、もっとわかりやすい、シンボルで稼働し、多くの人に「これがレムリア」という癒しの体験を高い周波数で体験してもらうばかりでなく、これまでもそうでしたが、「レムリア意識」が拓けることで、直観が磨かれていくというこれからの人類に重要なポイントもさらに、テーマとして発信できるようにして・・・

と、過日「空から降ってきたインスピレーション」と書いていた内容から、さらに具体的にイメージと、モチベーション・熱のようなものが今回、入りました。

そんな展開で力んでいると、週末のセイキムセミナー1日目で、高次自然界にいつも反応する気管支を中心に体調が悪化、帰宅すると38度を超えていました(笑)が、セイキムの光を信じて二日目、心配せずに臨むと、なにしろ私が自分のアートマ原理として呼び出していたのは、セイキムにも含まれている(とアルガンザでは考える)アルクトゥルスの青い光線とそのハイテクノロジー。セイキムと響き合わない筈はなく、2日目のセミナーを無事に終えた時には、体調もすっかり良くなっていました。ミラクル。

このセイキム2日目は誕生日でもあったのですが、朝から多くの気づきがあり、またこの日だけポカポカ暖かく、祝福を感じました。セイキムの光の中で生徒さんたちと共に自分も刷新・再生される感覚があり・・その気づきの深さというか、大きさから言うと、最高の誕生日でした。去年を通して上空に感じていた小さなセラフたちの渦のような集合体は、すでに自分の身体の中、ソウルの中に。

この一週間のドタバタで、体調が苦しく追い詰められたお陰もあり、しばらく存在を忘れていた古いサポートエナジーであったアルクトゥルスの青い光が、超高性能ヴァージョンで戻ってきて、体の中で閃光したり、美しい和音で頭の中で響いたり。自分にあまりにも効いたので、ハイウェア、そしてクリスタルのチャージに使うことにします。

自分は新たな段を登ることで、初めて、今まで居た段へと人々を導ける・・・と、確か去年は書いていたっけ。そのほか、せっかくアシュタールに点火してもらったアルクトゥルスを使うより、いつまでもアンドロで居ようとしていたのは、地球の歴史の中で自分がこだわりたいところに、アンドロの記憶が深く深く、根ざしていたから。

レムリアンセイクレッドレイキを、予定通り今年中にリニューアルし、そのワークの中にこそ、調和の時代へのノスタルジーとそれをこれからのために活用する知恵を、込めることが出来るように・・ガイドたちとともに、これから着手します。一方でサロンの運営にはもっと使いなさいと何度も言われているアルクトゥルスを、反映させていく。

自我を持ち続けることが人類の存在意義なのではなく、
自我を持たされた人類が自然回帰できるかが試されている

ペタライトは「天使の石」Lumiere でUP済み
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『有限の中の無限』

つくづく思うのです。無限性そのものに意識を向ける人が多い。エネルギーワークに携わったら、何か魔法のように全てが繰り出されていくとか、石に囲まれてただ光でありたいとか、自分の望むペースで好きなようにメタフィジをやっていたいとか。・・・けれど、きっと人間は、そのような無限の設定の中では、本当の無限、自由、ただ光としてあるという境地には、辿りつかない。有限の囲いの中で、その世界や自己に向きあうからこそ、自分が光になれるかもしれないし、無限とは何かを悟れるのだと思う。

それは単に「グラウンディングしましょう」ということでもなく。一巡する日常の仕組み全てを、宇宙の法則にすること。それは息をつく暇もない不自由さのように、多分、エゴセルフは捉えるのかもしれません。が、そのステージに上がってみないことには、ホンモノになることはない。中途半端に、たまに五次元だけど都合よく三次元・・では、逃げ道、抜け穴があっては、メタフィジカルを知らないで生きていた時と、自分の仕組みはあまり変わっていないはず。ただ知識が、趣味が、幾らか増えているというだけ。

生き方を変えたいのならば、本当に変えないと、変わらないのです。

Love and Grace
Amari

2018年1月17日水曜日

『本質』の時代/カレッジ5期卒業式&ご感想

これは昨日の空。サロンへ向かう時、自宅近くの森の上。
とても意味ありげな、エレメンタル系の集合エネルギーの気配を感じた昨日でした。

今年の空気感は、不思議で、今までとは違うなあ・・と考えていると、ふとカレッジでも学ぶアリス・ベイリーの光線の話で、2025年の第四光線の顕現と、関係があるのではないかと感じました。思えば、そこまであと、今年を入れるとちょうど7年です。神智学では・・というより太陽系の進化サイクルでは「7」が重要な意味を持つ。人間のライトボディもそうですが、「3が生まれ、そこから7になる」という法則に貫かれている。地球に影響を齎す光線7つのうちの一つの到来はとても大きな出来事だと思いますが、そこまであと「7年」というのはきっと、カウントダウンの始まりで、一年一年、層を生みだしながら変化していくのかもしれません。

一方で、ヒーラーズカレッジは5期で終わり、先日卒業式でした。ここでまた「おお!」と思ったのは、太陽系の進化サイクルを概念の補強に取り入れているジェネシスヒーリングのバイブル『the Genesis』や、プラクティショナーコースの学びで、私が森から(そう、ちょうど上の写真の森を見上げていた時に)受け取ったインスピレーションにより、7の創造=男性性 5の創造=女性性 という、二つの法則が宇宙にはあるという話を紹介しているのです・・・「2025年まであと7年か。。」と呟いている今、カレッジが5期でちょうど終わる。そして、カレッジが始まった5年前の2013年と、今年は似ているというお客様の言葉を聞いたりもしていて、不思議なシンクロ、螺旋を感じているところです。

秋ころから、古いブログたちの整理を少しずつ進めているのですが、今朝、読み直してアーカイブに移す作業をしていたのは、ちょうどカレッジ2期が終わり3期生を募集しているころで、卒業生のコメントを載せたり、今のジェネシスヒーリングのベースになる「創世記」をまさに展開している辺り・・2013年12月の「イシス瞑想会」から蓋が開き、怒涛のように運ばれた「創世記」アースワークの流れ(2期の皆さんとともに)・・ちょうどそこを読んでいたので、今日、5期の卒業式を持ってアルガンザ・ヒーラーズカレッジを振り返るタイミングは、さらに感慨深く、時の流れを(歴女ゆえに・笑)歴史を見るように概観したり噛み締めています。


みなさんが来る前に一人、準備をしていたサロンの風景。恒例のカレッジ生全員が持っている「グレースofセラフィム」エナジャイズのプラシオライト、テキストの表紙はブルーとラベンダー。フレームは、5期スペシャル・・で通常より大きな象嵌細工。毎年そういう素敵なシンクロがありますが、この日製本することになっていたアドバンスのテキストの表紙とぴったりな、パープル系のお花を皆さんに頂きました(Instagramに載せました)。

最後のカレッジイヤー。5期の皆さんにはたくさんたくさん、感謝しております。一見物静か、けれどとてもしっかりされていて、自分を持っている。芯の強さを幾度となく垣間見せてくれた皆さん。その優しさ、まっすぐと通った凛とした強さに私もずっと助けられました。書いていると涙が出ますが・・本当にありがとう。

みなさんに頂いたカレッジの感想を以下、掲載させて頂きます。
(届いた順番で掲載)
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あっという間でした。
月に2回あの空間へ行って、Amari さん、Nさん、Yさんと会い、過ごす時間が心地よく当たり前 になって、でも気が付くと終わっていました。今年2月にリリスリリースで初めて訪れた Arganza. あの時の私とはエネルギーが全く変わっているのを自分で感じます。Arganza Year でした(笑) 

自分のエネルギーを自分で何とかしたい” その一心で受け始めたレイキ、そして何だかよくわからないままにカレッジ、ジェネシスと続き、今ここ にいます。今年最後の閉めはセイキム。これを受けたいがためにウスイ、カルナと進みました。 とても濃い、清々しい時間をたくさんの皆さんと関わりながら過ごせたことは、ハートへの帰還にどうし ても必要な事だったのだと思います。この流れのままに、いえもっと加速して情熱へ向かいます!本当に、本当にありがとうございました!
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卒業課題の受理のメールをいただいた朝、私は巨大なトカゲの夢を見ていた。ある夢辞典によれば、トカゲの夢はいわゆる願望の現実化、現実創造を表すのだとか。しかも彼等には足があるので、一般に縁起のいいといわれる蛇の夢よりもなんと実現が早いんだそうで。

その夢の表す通り、arganzaヒーラーズカレッジでの学びは、現実を生きるための智慧そのものだったと思う。エネルギー次元に置いて、人間の軸を作り土台を強化する。ただ無心に、これを続けることで、頭で作り出した正しさや思い込みによる理想とは全く別の、新しい自分に出会えた。そんな半年間だった。

そして2週間ごとに繰り出される不思議なエネルギーの流れの中で、自分という一つの宇宙と、一緒に学んだ方々の宇宙、そしてティーチャーAmariさんの宇宙が響き合って一つのタペストリーが織られてゆくような、その始まりを見るような、広がりを見るような、大いなる意識への邂逅が、確かにあった。それは寄せては返す波のようで、わたしは時に浸り、時に忘れ去って迷子になり、ゆらゆらと繰り返すうちに、それはいつの間にか内面に根付いてゆき、自分が宇宙という大海の一部なのだという安心感の中で多くの時を過ごせるように気づけばなっていたことが、今回わたしの最大の収穫だったかもしれない。

そんな大いなる宇宙に包まれ愛されながら、これから巨大なトカゲ君と共に頑張ろう、地に足をつけて現実創造を。地球上の平和と平等、そして自然界との調和が私の願いだ。専ら、大きく漠然と。そのため、先ずは自分と似たような人達(エンパスさん)のためのエネルギーワーク講座を、我が夫も巻き込んで始めようかな~~、な~んて計画がこれを書いていたら降りてきた。エネルギーはもう動き出したのだ。

素晴らしい機会を与えて下さったAmariさん、本当に毎回の渾身の授業をありがとうございました。天才というのはホントに中途半端ってことがないのだなぁと感じ入った次第です。同期の皆さまとはご一緒できましたこと本当に有り難く思います。そしてこれからも皆さまとは緩々と繋がっていけたらと願います。こんな私ですがどうぞ宜しくお願いいたします^^
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Amariさん、一緒の曜日のメンバーの皆様、曜日は違いましたが、ご一緒させて頂いた5期生の皆様、半年間ありがとうございました。

カレッジではメタフィジカルな世界や理論に触れると共に、学ぶこと、体験すること、実践することは浄化になると共に、新しい視点で物事を捉えることへの勉強になりました。カレッジでの1回1回の授業が学びと自分自身のエネルギーとの向き合いの日々であり、浄化の嵐の連続でしたが、そのことが自分を癒すのだと感じました。

課題を通してワークも生まれたり、カレッジに通っているときに、プロのヒーラーを目指そうと決心できたり、背中を押してもらったことがたくさんありました。身体のこと、エンパスとしての自分の在り方、自分を労り大切にしていくこと、セルフメンテナンスを継続してクリアリングしていく新たな課題もあり、それに取り組みつつ星巫女に臨みたいと思います。

楽しかったより大変だった割合のほうが多かったけれど、気づいたら成長していて、そんな自分を「頑張ったね」と褒められるようになりました。このことはこれから続いていく人生の成長過程でもあるので、怖くなってしまう自分も認めつつ、自分自身に圧力をかけて原因世界を追究して、前に進み続けていきたいと思います。
 ありがとうございました。
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カレッジを決める時は、いろんな気持ちが入り交じってとにかくドキドキしていました。カレッジに通っている間は、とにかく一生懸命やっていた、そんな気がします。 カレッジで習った呼吸法を初めとするいろいろなワークをやるうちに、半年前の自分の感覚とは少し違う自分になれたように思います。やはり、これをメタフィジ筋というのでしょうね。

実生活で揺らぐことがあると、呼吸を調えてワークをして自分を落ち着かせることができる。そして、そのための方法を知っている・・・。とても大切なことを学んだと思っていますし、それを実生活に活かして、日々を過ごせていることが嬉しくもあります。これからも、自分を受け入れて、周りを受け入れる。呼吸とともに、そんな自分でありたいと思います。


Amariさんや皆さんと過ごしたカレッジは、とても思い出深いものになりました。
ちょっと名残惜しい気持ちと、そして深く感謝しています。
カレッジで学んだ自分に向き合う気持ちと、いつも整え高める姿勢を忘れずにいたいと思います。本当に ありがとうございました。
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カレッジの半年間、特に中級課題を終えてからの後半は、あっという間に過ぎてしまいました。感想を書く前に、半年前カレッジの受講を決めた際にはAmariさんにどんなメールを書いたんだったかしら?と、自分の書いたメールを読み返してみましたが、なんというか、ひどいものでした。エネルギーを感じられるようになることで石や植物たちともっと仲良くなりたい、という思いが始めにあったはずなのですが、書いたメールからはそのことが全く伝わってこなくて、われながら唖然としました。そんな私が、卑屈になったり打ちひしがれたりすることなく、カレッジでの学びを続けることが出来たのは、Amariさんとクラスメイトのおかげです。

カレッジに通う度に、ふしぎと自分がどんどん元気になっていくのを感じていました。
クラスでの毎回のシェアリングでは、ワーク実践での体験と共に、前回からの2週間をどのように過ごし、何を感じたかを話しますが、それは他人事でありながら、自分の中にもありました。また日常のささいな出来事に相対してもその観察のこまやかさ、洞察の深さなど、刺激を受けることが多かったです。


そして刺激を受けるとともに、他人と違っていてもいい、他人と自分を比較することは意味がない、ということを言葉だけでなく実感しました。私はここでようやく、少し自由になれたのだろうと思います。クラスメイトに「先頭を走る人がいれば、後方を走る人もいる。私たちは、やりたいと思ったことを選ぶことを許されている。」という言葉をかけてもらった時、目からうろこが落ちました。今は心からそう思います。


そうして引き上げてもらい、カルナ、セイキム、そしてまさかのマスタークラスにも手を挙げることになりました。自分で驚いています。カレッジで仲間と共に学んだことは、この先の困難を乗り越え、道を切りひらく力になるのだろうと思います。

Amariさん、ありがとうございました!

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まずは長い期間、本当にありがとうございました。Amariさんにはたいへんお世話になりました。カレッジなどでご一緒させていただいた方々にもとてもお世話になりました。ありがとうございます。良い体験になったと思います。

カレッジの期間を思い出そうとしてもなかなか思い出せないでいます。断片的な場面は思い出せるのですが、カレッジ自体もその時の私も全てが幻のようです。学んだことや考えたこと、気づいたことも今は抜けてしまった感があります。でも、それで良いのだろうなあとも思いました。思い出す必要がある時が来たら、思い出すことになるのだと思います。これも過程の1つなのでしょう。そういう風に客観的に考えられるようになったことにも、カレッジでの学びの意味があったのだろうと思います。

終わったとたんに終わる。
実に爽やかなスタイルです。それも含めて不思議だなあと思いました。
そういう不思議さを体験できたことも、カレッジの醍醐味の一つだったと思っています。本当にありがとうございました。
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「準備が出来たときに、師が現れる」という言葉を初めて知ったとき、私の準備はいつ出来るのだろうかと感じたことが思い出されます。そして今、その時がきっと来たのだと、感じています。カレッジを終えた今、私は、まったく違う視点から世界を見ています。そして私の手には、エナジーワークという心強いツールがしっかりと握られています。カレッジでは、エネルギーというものについて、エネルギーシステムとしての自分や世界というものについて、ゆっくりと学び、体験や体感を重ねることが出来ました。

インターネットの海を泳ぐうちにアルガンザへと辿り着いた偶然は、時が経つごとに必然の確信へと変化してゆきました。カレッジの申し込みをした当時、私はヒーリングセッションの経験もなく、レイキについても、その伝授を自分が受けるとは思ってもいませんでした。アルガンザに伺ったこともなく、幼児と乳児を抱え慌ただしい時期でもありました。それでも、カレッジに参加したいと、私を動かしたものが何であったのかと問われれば、それはひとえに「この世界を生きてゆけるようになりたい」という、魂の叫びだったように思います。

この流れに乗り続けてゆくことが、大切なのだと考えています。今後もカレッジで学んだ自分自身のメンテナンスを日々、生きている私の世界に生かし、創造のステップ、そして本来の自分自身へと、一歩一歩進んでゆきたいと思います。たくさんのクリスタルたちや高次存在に見守られ、Amariさんが日々高いエナジーを保たれているアルガンザの空間はとても特別な場所で、そんなアルガンザで大好きなAmariさん、クラスメイトのお二方と過ごせる学びの時間は、本当に貴重なものでした。

カレッジの申し込みをした約1年前と、同じなようでまったく違う世界を体験している今、アルガンザに出会えたこと、そして、その次のステップへ進もうとしている自分に出会えたことに、感謝しかありません。本当に、当初想像していた以上のものを、カレッジを通して得ることが出来たと感じていますし、率直に言って、すべてが変わってしまいました。

私たちをいつも愛と肯定に満ちた眼差しで導き見守ってくださったAmariさん、いつも優しく私を受け容れてくださり、たくさんのことを共有してきたクラスメイトのお二方、そして5期生の皆さん、アルガンザで出会えた方々。私をいつもアルガンザへと送り出してくれた夫と、ふたりの子どもたち。私たちを見守り導いてくださった高次存在、とりわけ私とアルガンザを繋いでくれた大天使サンダルフォン、そして、私の中のレムリアの記憶に、言葉では言い尽くせない、心からの愛と感謝を捧げます。ありがとうございました。
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カレッジに出合えて本当によかったと、思っています。中間と卒業時の「課題」は、自分で選んだテーマに対して、カレッジの学びの内容を生かしながら自分で考え出したアプローチでワークを実践していくもの。これは、テーマを選ぶときも、アプローチを考えるときも、そして、実際にワークをしていく経過とまとめも、すべて「自分に問い、自分から答えを導き出してくる」ことが求められました。

だからこそ、やりきった時の達成感も、自分自身への満足感もひとしおで、薄かった自己肯定感(自己信頼)が、育ったように思います。こういうふうに「エネルギー」を道具にして、自分自身と対話できて働きかけられるんだ!そして、これはカレッジが終わっても、私の中に残る・・・大いなるギフトです。

私は、中級課題でも卒業課題でもテーマを「シャドウセルフ」にしました。カレッジで知るまで「シャドウセルフ」という単語を聞いたことがなかった。でも、どうやら私の人生のパターンには「シャドウセルフ」が働いているようで。正体がわからないまま、課題に突入しました。「気づき」があり、シンクロが起こり、現象世界が動いていく・・・そんな変化を体験しました。そして、中級課題は、卒業課題のテーマにたどり着くまでの伏線で。卒業課題を初めてみると最初の目的(シャドウセルフ)を超えて、さらに、私の根幹に横たわる「自分を責めるクセ」とガップリヨツに取り組む流れに。この辺り、天の采配はよくできているとしみじみ感じました。

このクセ(人生の背後で動いているプログラム)を解くコマンドを手に入れられたのは、思ってもみない大きな収穫でした。そこにたどり着くまでに、この方法でいいのか不安になることもありましたが、それでも諦めずに粘れたのは、励ましあえた同期のおかげだと心から感謝しています。

そして、Amariさんの存在感が私は本当に好きだなと、しみじみ思います。Amaiさんは決して「こうすべき」という介入はしてこないし、私たち自身が気づき掴んでいくこと、そしてその背景に大いなる力がはたらいていることを信頼している感じ。そのAmariさんの作りだす、ゆるやかな、けれど、確かな導きの場だったからこそ、先ほども述べたように、自分自身の中に「力」を感じられるようになれたと思います。

「自分責め」のクセがあった私は、夫の何気ない言葉に勝手に引っかかり、勝手に突っかかっていたのだと思います(自覚もないくらいに染み付いていました)。それが、カレッジに通って変わった、と。正確に言えば、カレッジに通っている間はよかった、と。おそらく、カレッジ期間中は「自分との対話」に意識が向かっているので、自分自身の一番の鏡である夫に自分のクセやシャドウセルフを投影する必要がなかったのだと思います。

カレッジが終わっても、まだまだ続くこの「自分」。居心地よい自分でありたい、居心地よい現実を創っていきたい。そして、その道具をカレッジで手に入れられたと思っています。本当にほんとうに、出会えてよかったです。ありがとうございます。


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こちらこそ、本当に、ナマステ!




クリソプレーズ&クリソコラ UP準備中

カレッジの5年間。
一年一年、完璧だったと思う。9名の生徒さん、かける5年で、45人の方達と出会えました。日々、サロンのお客さまと出会うのとまた一味違う、特別なご縁でしたし、アルガンザの集大成である「ジェネシス」も、カレッジあったればこそ、結実したものでした。1期が無ければ始まらなかった訳だし、2期で「創世記」つまり「ジェネシス」のフタが開き、それが一段落した頃の3期では、今のアルガンザのアイデンティティとも言える「高次自然界(=レムリア)」というエネルギーと概念が整理されました。

明るく元気いっぱいの4期の皆さんとは、何かまた変化の兆しを感じるその一年をご一緒し、急に訪れた静寂、静止点のような2017年、最後の5期に集ってくださったみなさんは、とてもエアリイに自然体で、ジェネシスイヤーの流れに寄り添って下さいました。終わって見るとアルガンザらしく、カレッジ自体がアースワーク、ジェネシス層のグループワークだったと思います。毎年の9名のメンバーも、誰一人として何と無く来た魂ではなく、全員が、必要なキャストであったことを感じます。

私は基本的に、一つ一つの人生の要素に一切、後悔や「もしも?」の自問はない人間なのですが== もしもカレッジが無かったら、という選択肢が全く考えられないほど、必然だと感じていましたし、そこで起きること、変化していく要素に注意を向けながら、妥協することなく毎年毎年、マイナーチェンジや改定を加えました。カレッジが持っている力やエネルギー、可能性や周波数も、5年というワンサイクルで格段と変化、進化したように思います。

ゆえに、1期、2期の卒業生の皆さんは驚いているかもしれませんネ(笑)。フォローアップテキスト(自習用)も用意しています(リュミエールで販売中)ので、また気が向いたらぜひ、「エコール」などに顔を出して下さい。45名という程よい人数。一人一人をよく覚えているので「ごめん、誰だっけ?」ということもなく(笑)、エネルギーや当時持っていたテーマ、お話くださったことなど、多くを記憶しています。このくらいで閉じるのが、私らしい。一つの世界が完成したら、一つの作品を作り終えたら、次の旅に出るのだ。

45名の卒業生、全員に、心からのありがとう。。。
お陰で、少しは、自分の存在する意味、活動する意味もあったかな、と思っています。過ごした全ての時間に、ありがとう。

歴代1〜4期の卒業生フォト&感想文はこちらから

さて。次は今月から始まる、「意識の学校vol.3」と、初めての試みである「Self Study特別クラス2018」の準備に入りますよお〜。関係する皆さん、どうぞ宜しくお願いします!そして、カレッジに変わって一からエネルギーを学ぶ、レイキ各種の伝授を軸にし、カレッジの内容のダイジェストも含む、小人数(2〜3名)クラス編成の「エナジーワーク・インテンシブマスタークラス」参加者を受付けしています。詳細はこちら


光の剣のような、GATエナジャイズ コロンビアレムリアン

本質の時代
年明け早々、時代の空気を感じる瞑想をしていると、もともとだけど、去年からは尚更に「全てがジェネシス層にリンクする」ので(笑)、そのレベルで感じたことを少々。。。。卒業式でも少し、語っていたのですが、ワンネスとか調和・統合というメッセージはたくさん、発信されているけれど、その一方で、個々のエゴセルフレベルから抜けて行かなくても良い、延々と同じフィールドで意識の膜を越えていかないようにするような、メタフィジカルなメッセージや情報も混じっている。

楽しく自分の人生を・・で止まってしまうのは、本来のメタフィジカル(スピリチュアル)ではないですよね。こういうことを話すと「でもまずは自分なのでは?」と返ってくることがあります・・・・・・・(声を大にして)・・・・「もちろんですっっっっ」・・・当然です。健康で、日々の暮らしを、大事な人たちと喜びながら過ごす。誰だってそれを望みます。そこから「先」のことを言っているのですが、立っているフィールドから、その先がまだ見えていない人にとっては、どうしても聞けない、聞きたくない言葉というか、概念なので、感情で反応してしまうのですよね。

チャクラの浄化、ライトボディの浄化や活性は、下位から始まります。肉体とエーテル体、体に溜め込んだ重たいエネルギーに浄化が起きると、ルートチャクラの性質である「現実を生きる力」が付いて来ます。次は第二チャクラ、喜びや気力・活力を持って積極的に日々を生きようとすること。オーラで言えば感情体ですから、感情のパターンやその奥に潜む過去生からのネガティブパターンが癒されて行きます。

・・・と、必然と、「まずは個人としての私から」は、流れとして動いていきます。ハートチャクラ、そしてスロートのあたりにフォーカスが移ると、「では、軽くなって、生きやすくなった私に、何が(人々や世間のために)出来るだろうか。私の魂は何を望み、ここに来ているのだろうか」の探求が自然と起こり、そのテーマが動き出していきます。順番なのです。

人類の、病のような状態。現実も意識も、生活も。一人一人の状態が、集合エネルギーを作っていき、地球に顕現する全体の現実、歴史が変わっていきます。

「個」である自分に集中していれば良いというメッセージでは、ワンネスや調和はいつまで立っても訪れません。こだわりから、全体としての地球人類を考えていく、意識の人々が増えていかないと、つまり下位のチャクラ(肉体・感情レベル)のエネルギーが軽くなっていき、上位のチャクラをハイヤーセルフとの協調でちゃんと使えるようになっている人たちが増えていくことで、「ワンネス」に向かっていく。

2025年に顕現する「第四光線」は、統合・調和の光線。神智学をそのまま信じるならば、地球のエネルギー的なプログラムはそこに向かって動いている。そうかと言って、何もしないで世界が変わっていくのではなく。その時代の変化に反応し、自分自身を変えて行こうとする人々が増えていくことが、いま、大事なのだと思う。

情報は、それらしいことを展開し、何となく人を動かすことが出来ますが、本質を見定めることが大事な時期が、特にこれから7年、続いていくのではないでしょうか。同時に、持っているエネルギーが顕現することで、本質がそのまま形になっていくという仕組みは、さらに強くなっていきそうです。

年明けに感じていたことのシェア。今日はこのくらいで。。
Love and Grace

2018年1月8日月曜日

カルマデータと感情の関係

up待機中 マダガスカルローズクオーツ・シルバーペントップ

こんにちは。
冬休み最終日ですね。子を持つお母さんたち、お疲れ様でした。
お休みというより、寧ろ家族が家に居て、イベントも多くて、年末年始は忙しい日々であったと思います。明日の朝は家族を送り出し、ホっと一息ついて、ゆっくりして下さいね。

前記事の福袋企画、たくさんの閲覧、ありがとうございます。アクセス数が、これまで見たこともないような数を連日マークして いて・・関心を持って頂いたことが分かりました。急に拡散はしないだろうから、きっと皆さん、何度も覗いて下さったのだろうな〜。残念ながらご縁が繋がりお嫁に行くには(現時点では)至らずでしたが、企画そのものはお楽しみ頂いたようでした。

昨年の「レゾー」イベントでもそうでしたが、やはりお店に長く居る石たちの身の振り方を、店主としては考えるものですが、割引率が高ければ動くという訳でもないのが、石の世界かもしれません。皆さん、出会いとお迎えのタイミングをとても大事にして居ますからね。

古い面々については、昨年夏のレゾーと年末のブログ限定セールでの3割引や、今回半額でのご紹介でもご縁が決まらなかったという事で、お店から下げていくことにします。比較的、新しい石たちはショップで通常通りのon sale 状態にて引き続き並んで居ますので、どうぞ宜しくお願いします。子供がたくさん居る公卿家のような・・相次ぐ縁談話でも行先が決まらなかった娘は出家させる他なかろう・・・みたいな気持ちですが(笑)、それもまた、常にお店が新鮮なエネルギーで動いていくには、必要なことと思います。お店から下げた石たちはどうするのかな? 石の意志に耳を傾け、決めて行きたいと思います。今後はそのようなスタンスも取り入れて行こう。



昨日から、静かになった・・と感じたのですが、その前の2日ほど、集合意識のようなレベルでとても騒いでいるような感じがありました。アルクトゥルス、シリウス、そしてレムリア・・と、サウンドが交錯して、ソウルグループごとというより、人類全体の歴史に関わることなのかな、と。螺旋でそれぞれが動いているのが、時に惑星配列のように並ぶというか、揃うことで互いに作用し合うようなタイミングが、時々あるのでしょう。そうそう、この写真の森に出かけた日、リラ系のエネルギーから幾らかお仕事を受け取った感じがしていたのが、一昨日とその前日辺りの星系エネルギーの交錯するような時期に、自分のソウルシステム内では、ジェネシスレベルで全体の情報を整理するような感覚がありました。

そして何故か、滅多に手にすることのない『ガイアナ神謡集』を昨日は読んでいました。書いたのは2005年〜2006年で、まだヒーリングの仕事さえ始めていない頃でしたが、今に通じる、ジェネシスに通じる神々(宇宙勢力)の攻防が、少なくともアルクトゥルス(がモデルと思われるもの)、シリウス、リラ、金星・・などの絡みで綴られていて、自動書記で何気無く書き綴っていた部分が、今になってドキっとするような事も多々あり。そして多分、『ハピ』や『ガイアナ』の世界から繋がるであろう、森の聖地で受け取ったことがもう、動いているのだと思いました。


リビアングラス silverwire ペントップ(UP待機中)

「この不思議なざわめきは?」と、数日前に「ジュワルクール」と渾名している(笑)石を手にして瞑想していると、はっきりと『10月20日』という日付が見えて、何だろうと考えているうちにふと、このブログの、10月20日の記事ではないか?と思いつき、過去記事を当たって見たところ、2015年まで遡ると、その日付で記事がありました。驚いたことに、ジュワル・クールの言葉(アリスベイリー著書より)を抜粋して掲載していました。何だか分からないけど、今必要な情報?と受け止めました。

『うやむやにせず、光を行く』(2015年10月20日記)
https://blueandwhitecastle.blogspot.jp/2015/10/gat-2-salon-diary-httpameblo.html

よりによって、引用部分の表題は『闇の勢力』(「ハイラーキーの出現」より)
この時、自分では「珍しく闇についての分かりやすい文章をAベイリーで見つけた」と書いていますが、細かいところは自分でも忘れていました。「闇の勢力って居るのですか?」の問いかけには、分かりやすい答えになると思いますし、今読むと尚更に、ここでジュワル・クールが言っていることは更に、理解できる(ようになってしまった・笑)。

うやむやにせず・・とタイトルにしたのは、当時も既に、こういう話にアレルギーがあり避けようとする人、事なかれ主義で行こうとする人が少なからずで、そういう態度によってまた、本当に困って居る人々は傷つくし、うやむやにすること(そちら側に加担すること)で、自分自身が中継アンテナになったり、媒介者になる可能性があるという警告も込めたかったように記憶して居るのですが・・・これについても、やっぱり、今になると尚更にそうであることを確信してしまっています(笑)。

うやむやにしないこと・・・が、何より大事かなと思います。
その一方で、疑心暗鬼にならないように冷静にグラウンディング&センタリングし、対処して行くことが、ライトワーカーには求められるのでしょう。ここでジュワル・クールが言っている「低位サイキック」は、いわゆる「見える、聞こえる、会話するチャネリング」などのことを言って居るのだと解釈していますが、それらを扱わずに、直観と思考的分析力・人間力に頼るべしと言うのも、意識として普及して行く必要がありそうですね。


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セレナイトで有名なメキシコのナイカで、新しく発見された
「フィッシュテールカルサイト」・・セレナイトではなく。ドラゴンみたいです。

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「感情は自分ではない」
古い体験(ジェネシス層)からカルマの鋳型が出来、のちに人類が肉体を持って転生を続ける物質界のシステムが始められる時、その情報を元にして、感情という半分は情報であり、半分は有機的な性質を持つ仕組みと結びついた。転生を繰り返し、鋳型から派生する様々なエネルギーを、体現する感情を、その都度、ダウンロードし、味わい、体験する。それによってまた他者や外界とのカルマが出来ていき、どんどん人類の転生プログラムは複雑化し、原型パターンも無数に増えて行く。

ネットワークから、その都度、ダウンロードして搭載するアプリのようなもの=感情。それにも種類がたくさんあり、魂が体験し刻んで来たパーソナリティのキャスティングから、近いものが自然と選ばれ(力学的に自然と引き合い)ダウンロードされる。

遡っていけば、最初の頃の地球で、ソウルグループなり、自然界の集合エネルギーなりが記録した出来事だった。そこから、「自己卑下」や「喪失への恐れ」や「権力への憎悪」や「自己不信」や「自己犠牲への悲壮」や「嫉妬・妬み」「批判精神」「他者不信」などが無数に、増えていった。

宇宙というコンピュータ、地球転生システムというプログラムは、人類の魂が地上体験をする中で必要な感情パターンを常にアプリケーションとして提供して居るが、同時にそれは「膨張するシェアウェア」であるため、さらに多岐にわたる感情パターンやカルマパターンが人類の体験により生み出されて行くと、集合意識としてそれらを新たに蓄積して行く。無限に増えて行く・・・・ように思われる。が、

管理して居るフィールドがちゃんとある。ある程度の管理は、「人類の親」であり「人類自身のハイヤーシステム」である存在フィールドが、ある程度は指揮してくれる。恐らく、歴史の流れから行って、500年前には、カルマパターンと感情パターンの膨張はピークを迎え、以後は、それらを生み出し増やすのではなく、消化し統合し消して行く時期に入っている。この500年・・・そしてまだまだ続く。

感情パターンの膨大なデータを、人類の集合意識が共同作業で消化し尽くし、統合し終えた時、人類は種族としての「メンタル偏極」つまり、感情に左右されない生命体となるだろう。それはつまり、病気になる必要もなく、争いや汚れや破壊や侵略も生まれない。寿命も延びるだろうし、宇宙の進化の流れは(抵抗しようとしたとしても)そこに向かっている。感情は二元性と二極化、苦しみと、(食べる、などを通じて)他者犠牲により生きる人間のあり方とは切り離せない。

感情は自分ではない。
人類システムの仕掛けたプログラミングであり、体験するためにダウンロードし、味わって居るもの。「役作り」のようなもの。

喜びや愛は、感情という翻訳を通さずとも宇宙には存在する。宇宙の仕組みは創造そのものであるが、それは喜びゆえに展開される。愛は宇宙を動かし維持する育みの力であり、宇宙そのもの。生きることは、喜びであり愛である。感情を持つことで人間は「闇(病み)」と「死」と「破壊」を知った。

感情は、打ち消さず、味わい尽くすもの。けれどそれは自分ではない。借り物である。

(散歩中に思ったこと)

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美しいレーザークオーツ(ミュンヘン由来) 一目惚れをして仕入れたもの

今日もリュミエールのupを進めています。

心おだやかな日々を。

Love and Grace,